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とりあえず、TILシリーズはこれで打ち止めー。
■内容■
バルアシェ現代パラレルThisIsLove・extraその3。
時系列的には一番後。
これも真面目に読む話じゃない。
フランの台詞、本来なら「従妹(いとこ)」なんですが、これは耳で聞くと「従弟(いとこ)」と区別出来ないので、便宜上、妹のような、というニュアンスであの台詞になってます。ミスじゃないんだぜ。
実は、extraその2とその1の間にもう一個お話が入るんですが、それはその2の内容を変更したために湧いてきたエピソードで、えぇとつまり、書いてないんだ(えー)
というわけで、夏休みスペシャル、スペシャル宣言した早々に存続の危機です。
でもまぁ、先月末からこっち、頑張って色々晒せたからとりあえずは上等?
+ + +
えぇとここで失礼しますが、「それ」って、昨日のドロドロでよかったのかしら。
ヴァンネロのことじゃないよね?(笑
■内容■
バルアシェ現代パラレルThisIsLove・extraその3。
時系列的には一番後。
これも真面目に読む話じゃない。
フランの台詞、本来なら「従妹(いとこ)」なんですが、これは耳で聞くと「従弟(いとこ)」と区別出来ないので、便宜上、妹のような、というニュアンスであの台詞になってます。ミスじゃないんだぜ。
実は、extraその2とその1の間にもう一個お話が入るんですが、それはその2の内容を変更したために湧いてきたエピソードで、えぇとつまり、書いてないんだ(えー)
というわけで、夏休みスペシャル、スペシャル宣言した早々に存続の危機です。
でもまぁ、先月末からこっち、頑張って色々晒せたからとりあえずは上等?
+ + +
えぇとここで失礼しますが、「それ」って、昨日のドロドロでよかったのかしら。
ヴァンネロのことじゃないよね?(笑
+ + +
バルフレアが目を覚ました時、隣に人の気配がした。
否、人の気配に気付いて目を覚ましたのかも知れない。どちらなのかは本人にも分からない。とにかく、バルフレアは目を覚ました。
自宅マンションの寝室、そのベッドの上。昨夜は確かに自分だけだったその場所に、今、もう一人いる。
イレギュラーな事態ではあったが、しかしそれは初めてではなかった。不法侵入者の心当たりも、大いにあった。だからバルフレアは、特に驚きはしなかった。
「……おい」
枕に半分顔を埋めたまま、声をかける。
反応は、ない。
「おい。起きろ」
やはり枕に顔を埋めて眠っている、その頭に手を伸ばす。枕に流れ落ちている波打つ銀髪を掻き上げると、その下に隠れていた美貌が顔を覗かせて、柳眉が不快げに顰められたのが見えた。
「フラン。お前また、勝手に人の部屋使いやがって」
いい加減にしろよ。
怒るというよりはむしろ呆れた口調で言ったのに、しかし言った相手は全く気にした様子もなく、寝返りを打って背中を向けた。
「……仕事の打ち上げで。遅かったのよ」
「そのことと、お前が俺のベッドで寝てることの間に、一体何の関係がある?」
「あなたの部屋、便利なのよね」
「俺はお前と違ってちゃんと吟味するからな」
「私だってきちんと選んでいるわ」
あなたとは優先順位が違うだけよ。
言いながら、フランが再度寝返りを打ってこちらを向く。ブランケットが捲れて、細い紐が一本絡んだだけの剥き出しの肩が零れ出た。
「……お前、服は」
問うたのに、フランは、何を言ってるとでもいう風に胡乱げに目を眇めた。
「着たまま寝たら皺になるでしょう」
鮮やかな色で綺麗に彩られた長い爪が指した先から察するに、床の上に脱ぎ散らかしたままらしい。
皺を気にするならきちんと掛けておけ。
そんな真っ当な台詞の代わりに、溜息を吐き出す。言われて態度を改めるような殊勝な女ではないと、充分すぎるほどに知っている。だからバルフレアは、違うことを口にした。
「お前、俺を男と思ってないだろ」
その言葉に、フランがひとつ、瞬いた。肘を突いて体を起こし、心外だ、という風にこちらの顔を覗き込んでくる。
「私、あなたを妹だと思ったことはないわよ」
勿論、娘とも。
皮肉られ、バルフレアはむ、と眉根を寄せた。
「そういう意味じゃない」
現に今だって。
バルフレアは、フランの赤い瞳から外した視線をブランケットに包まれた体へと向けた。男の自分よりも高い身長を持つ癖に、けれど明らかに作りが違う体。
少し力を込めれば折れてしまいそうな、細く華奢な首。長い銀髪が幾筋か絡む、丸みを帯びたたおやかな肩。そして、レースで縁取られた艶やかな布地を押し上げる、豊かな膨らみ。
「──危機感、全然感じてないだろ」
赤い瞳に視線を戻して、じ、と見据える。見つめ返してくるフランの唇が、ふ、と綻んだ。
「……なぁに、あなた」
きし、とベッドが揺れた。上体を起こしたフランが、バルフレアの顔の両脇に手のひらを突いた。
ゆっくりと、腕が折れる。温かな、柔らかな重みが、体の上にかかる。笑った形のままの唇が、耳許に寄せられた。
「──私に欲情する?」
低く囁く声。
それが合図だったかのようなタイミングで、バルフレアはフランの肩を押した。もう一方の手で同じ側の腕を掴み寄せ、位置を入れ替える。長い銀髪がシーツの上に流れたのを視界に捉えて、綺麗だ、思いながら、眩暈がしそうに滑らかな脚の間に片膝を割り入れた。
「──あんまり舐めてると、痛い目見るぞ?」
見上げてくる赤から笑みが消えたのを見て取って、ほんの僅か、溜飲が下がる。
少しは動揺してみせろ。
思いながら、膝で、僅かに押し開く。
が、
「バルフレア」
形のいい唇から漏れたのは、怯みも焦りも微塵もない、常の淡々とした声音。
可愛げのない女。
この従姉には、勝てる気がしない。馬鹿馬鹿しくなって、バルフレアはフランの腕を解放した。
「……何だよ」
フランの長い爪が、顔を掠めた。慌てて避けたその爪が、バルフレアの後方を指し示す。
「来てるわよ。お嬢さん」
「あん?」
言葉の意味が頭に浸透する前に、指差された先を半ば反射的に振り返る。
その方向には、寝室とリビングとを繋ぐ扉がある。開け放たれたそこに、立っている。
「……アーシェ?」
そういえば、今日、来ると言っていたような。
そんなことを考えた瞬間、
ぼとり。
アーシェのバッグが床に落ちた音がした。
「──つまりだ。飲み会の帰りに自分の家まで戻るのが面倒で、鍵を持ってるのをいいことに、俺の部屋を宿代わりにした、と」
「それだけの話よ。あなたが気に病むようなことは何もないわ、お嬢さん」
リビングの一角、ローテーブル脇の床の上。
そこに並んで座る二人を、ローテーブルを挟んで反対側のソファに腰掛けたアーシェが見下ろしている。その唇から、は、と、溜息なのか笑いなのか、どうにも判別できない吐息が漏れた。
「あんな現場を見せつけられて、その話を信じろと?」
「信じろも何も、事実だ。大体、従姉弟同士でだな、」
「そう、従姉弟なのよね。法的には何の制限もないわ」
「……おい」
墓穴を掘った。
助けを求めてフランを見やる。赤い瞳が徐にバルフレアを見て、ふ、と笑った。
「お嬢さんが来てくれて命拾いしたわね」
「え?」
アーシェが怪訝な声を上げる。フランが、今度はアーシェに笑いかけた。
「あのまま事が進んでいたら、痛い目にあったのはバルフレアの方よ」
「どういうこと?」
問われて、バルフレアは軽く肩を竦めた。
「フランは強いぜ。こう見えて、合気道だの剣道だのの有段者だ」
だから、何も起こるはずがない。
言ったバルフレアの顔の前に、ずい、とアーシェの手鏡が突き付けられた。
「なら、これは一体何かしら」
「何だよ」
「いいからご覧なさい」
ご丁寧にも、眼鏡もセットで押し付けられる(寝起きでコンタクトを入れていないからだ)。有無を言わさぬ迫力に気圧されて、バルフレアは促されるまま眼鏡を掛け、鏡を覗き込んだ。
「別に、何も」
おかしいところはない。言おうとして、凍り付いた。
唇の際、口許と呼ぶべきか頬と呼ぶべきか迷う、微妙なその位置に。
口紅の跡。
「──フラン!」
口許──と便宜上呼ぶことにする──を手の甲で拭いながら振り返った先で、フランがふ、と、溜息なのだか微笑なのだか、やはりバルフレアには判別の付かない吐息を漏らした。
「酔ってたのね」
「その一言で全てが片付くと思うなよ?」
「大丈夫よ。それ以上は何もしてないわ。多分」
「その台詞は女に言われたくない──てか、多分かよ!」
「ところでお嬢さん」
不意に、フランが会話の相手をアーシェに切り替えた。
「その服、うちのよね」
「え?」
唐突に話を振られ、アーシェが面食らった顔をした。頓着せず、フランはアーシェの身に着けている服を指差す。
「Griffe・de・Lapin」
「え。あぁ、そうですけど」
「やっぱり貴女、よく似合うわ」
「あ、ありがとうございます」
「今、新作をいくつか持ってるのだけど、よかったら着てみない? 夕べは、あれが完成した打ち上げだったの」
「え、あの」
「遠慮しないで。サイズは36? 38? アクセも色々あるから試してみて頂戴。……あら、ピアスは空けてないのね」
「あの、ちょっと、触らないで……」
上手い。
バルフレアは密かに感嘆の溜息を吐いた。
アーシェは意外とキャパシティが小さい。混乱に弱いタイプだ。怒濤の展開に巻き込まれてしまえば、物事への対処能力は極端に落ちる。
「バルフレア、寝室借りるわよ」
リビングに放り出してあった、新作とやらが入っているのだろう大きな紙袋を手に、フランが立ち上がる。もう一方の手に捉えられているアーシェは、すっかり困惑顔だ。
「ご自由に」
これで話が有耶無耶になればいいのだが。
心中でフランに声援を送りつつ、バルフレアはにっこり笑って手を振った。
「……悪い人じゃないというのは分かったわ」
煌びやかな真新しい服、髪を飾り立てる花やリボン、それらを引き立てつつも自己主張を忘れないアクセサリの数々。
──を身に纏ったアーシェが、半ば呆然とした体で呟いた。
フランは子供の頃から人形遊びが好きだった。それが高じてあの職に就いたのだ。
アーシェを思う存分着飾らせて満足したのだろう、フランは、それじゃ忙しいから、と短い一言を残し、ひどくすっきりした顔で帰っていった。
「へぇ。こういうのも似合うな」
いつもと雰囲気が違う。
褒めたのに、何故か、リビングの床にへたり込んだアーシェは微妙な表情を浮かべた。
「あなた、やっぱりこういうのが好みなの」
棘のある口調。それに、苦笑する。
今アーシェが身に着けている服は、品のいいいつもの服装よりも色調のコントラストが強い。それに合わせて塗られた口紅は、先程自分の口許に付いていたのと同じ色だ。
「こういうのも、と言っただろ」
やはり、有耶無耶にはならなかったか。
思いながら、アーシェの前に腰を下ろす。
「……まだ怒ってんのか?」
顔を覗き込むと、赤い唇がきゅ、と引き結ばれた。黙ったまま答えを待っていると、同じ唇から、長い溜息が零れる。
「……どちらかと言えば、呆れてるわ」
そしてもう一度、溜息。
「あなたがこういうことに節度のない人だというのは、分かっているつもりだったのに」
「ちょっと待て」
あまりな言い草に、アーシェの言葉を遮る。
「何だそりゃ。俺がいつそんな真似をした?」
「初めて声を掛けられた時かしら」
即答されて、言葉に詰まる。
「……あれはだな、」
何か言おうと口を開いたが、アーシェはそれを止めるように首を振った。
「分かっているつもりだったから、仮にこういうことがあっても、冷静に対処できると思っていたのよ。なのに」
自分に呆れてるわ。
言って、三度、息を吐く。その様を見つめて、バルフレアは一度、目を瞬かせた。
つまりなんだ。
それは。
「……なあ」
「何よ」
いつもの倍ぐらいにマスカラを塗り重ねられた長い睫が、瞳に物憂げな影を落としている。その瞳を見つめ、後ろ頭を掻いて、バルフレアはふぅ、と息を吐いた。
「……悪かった」
「随分殊勝なのね」
「茶化すな」
可笑しげに笑ったその頬に、バルフレアはそっと手のひらを当てた。そのまま唇を捉えに行こうとして、しかし、手のひらでそっと阻まれる。
「この口紅では、嫌」
拗ねたように口にした、その言葉の意味は理解できた。が、
「だから、落としてやるって」
言って、邪魔する手のひらを掴み、アーシェを引き寄せる。アーシェが顔を逸らし、駄々をこねるように頭を振った。
「……嫌か?」
逃げようとする体を抱き締めて、逸らされた頬に囁く。小さく、頷きが返される。
「……嫌」
「どうしても?」
「どうしても」
「アーシェ」
苦笑しつつ、唇を頬から首筋へと滑らせる。アーシェが、微かに震えた。
「バルフレア」
非難めいた呼び掛けと、裏腹に、華奢な手のひらが髪を包み込む感触。細い指が、頬から唇に触れてくる。
「……じゃあ、ひとつ、お願いを聞いてくれたら」
諦めた風を装って、珍しくも甘えた視線を寄せてくる。
あぁ。
早く、食らい付きたい。
「何だ?」
何だって聞いてやるから。
耳許に、問い掛けた瞬間。
「忘れてたわ」
「──っ!」
唐突に、リビングの扉が開いた。ぎくりとした勢いで、掴んでいたアーシェの腕を力任せに握り締めてしまい、薄鈍の瞳に睨まれる。
「……悪い」
呟いて、手を放す。帰ったはずのフランが、すたすたとリビングを横切ってきた。
「……フラン」
いつもいつも、いいところで邪魔しやがって。
恨みがましく睨むバルフレアに構う素振りは全く見せず、フランは、バッグの中から取り出した封筒をアーシェに向かって差し出した。
「渡す物があったの。新作発表会の招待状。よかったら見に来て」
「──あ、ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ」
振り向き様、ふ、と唇が笑う。
「ごゆっくり」
ばたん、と扉が閉まる。
「……バルフレア」
「ん?」
その扉を。
それから、バルフレアを。
見つめて、アーシェは、溜息混じりに呟いた。
「部屋の鍵を、交換して頂戴。今すぐに」
「望むところだ」
バルフレアが目を覚ました時、隣に人の気配がした。
否、人の気配に気付いて目を覚ましたのかも知れない。どちらなのかは本人にも分からない。とにかく、バルフレアは目を覚ました。
自宅マンションの寝室、そのベッドの上。昨夜は確かに自分だけだったその場所に、今、もう一人いる。
イレギュラーな事態ではあったが、しかしそれは初めてではなかった。不法侵入者の心当たりも、大いにあった。だからバルフレアは、特に驚きはしなかった。
「……おい」
枕に半分顔を埋めたまま、声をかける。
反応は、ない。
「おい。起きろ」
やはり枕に顔を埋めて眠っている、その頭に手を伸ばす。枕に流れ落ちている波打つ銀髪を掻き上げると、その下に隠れていた美貌が顔を覗かせて、柳眉が不快げに顰められたのが見えた。
「フラン。お前また、勝手に人の部屋使いやがって」
いい加減にしろよ。
怒るというよりはむしろ呆れた口調で言ったのに、しかし言った相手は全く気にした様子もなく、寝返りを打って背中を向けた。
「……仕事の打ち上げで。遅かったのよ」
「そのことと、お前が俺のベッドで寝てることの間に、一体何の関係がある?」
「あなたの部屋、便利なのよね」
「俺はお前と違ってちゃんと吟味するからな」
「私だってきちんと選んでいるわ」
あなたとは優先順位が違うだけよ。
言いながら、フランが再度寝返りを打ってこちらを向く。ブランケットが捲れて、細い紐が一本絡んだだけの剥き出しの肩が零れ出た。
「……お前、服は」
問うたのに、フランは、何を言ってるとでもいう風に胡乱げに目を眇めた。
「着たまま寝たら皺になるでしょう」
鮮やかな色で綺麗に彩られた長い爪が指した先から察するに、床の上に脱ぎ散らかしたままらしい。
皺を気にするならきちんと掛けておけ。
そんな真っ当な台詞の代わりに、溜息を吐き出す。言われて態度を改めるような殊勝な女ではないと、充分すぎるほどに知っている。だからバルフレアは、違うことを口にした。
「お前、俺を男と思ってないだろ」
その言葉に、フランがひとつ、瞬いた。肘を突いて体を起こし、心外だ、という風にこちらの顔を覗き込んでくる。
「私、あなたを妹だと思ったことはないわよ」
勿論、娘とも。
皮肉られ、バルフレアはむ、と眉根を寄せた。
「そういう意味じゃない」
現に今だって。
バルフレアは、フランの赤い瞳から外した視線をブランケットに包まれた体へと向けた。男の自分よりも高い身長を持つ癖に、けれど明らかに作りが違う体。
少し力を込めれば折れてしまいそうな、細く華奢な首。長い銀髪が幾筋か絡む、丸みを帯びたたおやかな肩。そして、レースで縁取られた艶やかな布地を押し上げる、豊かな膨らみ。
「──危機感、全然感じてないだろ」
赤い瞳に視線を戻して、じ、と見据える。見つめ返してくるフランの唇が、ふ、と綻んだ。
「……なぁに、あなた」
きし、とベッドが揺れた。上体を起こしたフランが、バルフレアの顔の両脇に手のひらを突いた。
ゆっくりと、腕が折れる。温かな、柔らかな重みが、体の上にかかる。笑った形のままの唇が、耳許に寄せられた。
「──私に欲情する?」
低く囁く声。
それが合図だったかのようなタイミングで、バルフレアはフランの肩を押した。もう一方の手で同じ側の腕を掴み寄せ、位置を入れ替える。長い銀髪がシーツの上に流れたのを視界に捉えて、綺麗だ、思いながら、眩暈がしそうに滑らかな脚の間に片膝を割り入れた。
「──あんまり舐めてると、痛い目見るぞ?」
見上げてくる赤から笑みが消えたのを見て取って、ほんの僅か、溜飲が下がる。
少しは動揺してみせろ。
思いながら、膝で、僅かに押し開く。
が、
「バルフレア」
形のいい唇から漏れたのは、怯みも焦りも微塵もない、常の淡々とした声音。
可愛げのない女。
この従姉には、勝てる気がしない。馬鹿馬鹿しくなって、バルフレアはフランの腕を解放した。
「……何だよ」
フランの長い爪が、顔を掠めた。慌てて避けたその爪が、バルフレアの後方を指し示す。
「来てるわよ。お嬢さん」
「あん?」
言葉の意味が頭に浸透する前に、指差された先を半ば反射的に振り返る。
その方向には、寝室とリビングとを繋ぐ扉がある。開け放たれたそこに、立っている。
「……アーシェ?」
そういえば、今日、来ると言っていたような。
そんなことを考えた瞬間、
ぼとり。
アーシェのバッグが床に落ちた音がした。
「──つまりだ。飲み会の帰りに自分の家まで戻るのが面倒で、鍵を持ってるのをいいことに、俺の部屋を宿代わりにした、と」
「それだけの話よ。あなたが気に病むようなことは何もないわ、お嬢さん」
リビングの一角、ローテーブル脇の床の上。
そこに並んで座る二人を、ローテーブルを挟んで反対側のソファに腰掛けたアーシェが見下ろしている。その唇から、は、と、溜息なのか笑いなのか、どうにも判別できない吐息が漏れた。
「あんな現場を見せつけられて、その話を信じろと?」
「信じろも何も、事実だ。大体、従姉弟同士でだな、」
「そう、従姉弟なのよね。法的には何の制限もないわ」
「……おい」
墓穴を掘った。
助けを求めてフランを見やる。赤い瞳が徐にバルフレアを見て、ふ、と笑った。
「お嬢さんが来てくれて命拾いしたわね」
「え?」
アーシェが怪訝な声を上げる。フランが、今度はアーシェに笑いかけた。
「あのまま事が進んでいたら、痛い目にあったのはバルフレアの方よ」
「どういうこと?」
問われて、バルフレアは軽く肩を竦めた。
「フランは強いぜ。こう見えて、合気道だの剣道だのの有段者だ」
だから、何も起こるはずがない。
言ったバルフレアの顔の前に、ずい、とアーシェの手鏡が突き付けられた。
「なら、これは一体何かしら」
「何だよ」
「いいからご覧なさい」
ご丁寧にも、眼鏡もセットで押し付けられる(寝起きでコンタクトを入れていないからだ)。有無を言わさぬ迫力に気圧されて、バルフレアは促されるまま眼鏡を掛け、鏡を覗き込んだ。
「別に、何も」
おかしいところはない。言おうとして、凍り付いた。
唇の際、口許と呼ぶべきか頬と呼ぶべきか迷う、微妙なその位置に。
口紅の跡。
「──フラン!」
口許──と便宜上呼ぶことにする──を手の甲で拭いながら振り返った先で、フランがふ、と、溜息なのだか微笑なのだか、やはりバルフレアには判別の付かない吐息を漏らした。
「酔ってたのね」
「その一言で全てが片付くと思うなよ?」
「大丈夫よ。それ以上は何もしてないわ。多分」
「その台詞は女に言われたくない──てか、多分かよ!」
「ところでお嬢さん」
不意に、フランが会話の相手をアーシェに切り替えた。
「その服、うちのよね」
「え?」
唐突に話を振られ、アーシェが面食らった顔をした。頓着せず、フランはアーシェの身に着けている服を指差す。
「Griffe・de・Lapin」
「え。あぁ、そうですけど」
「やっぱり貴女、よく似合うわ」
「あ、ありがとうございます」
「今、新作をいくつか持ってるのだけど、よかったら着てみない? 夕べは、あれが完成した打ち上げだったの」
「え、あの」
「遠慮しないで。サイズは36? 38? アクセも色々あるから試してみて頂戴。……あら、ピアスは空けてないのね」
「あの、ちょっと、触らないで……」
上手い。
バルフレアは密かに感嘆の溜息を吐いた。
アーシェは意外とキャパシティが小さい。混乱に弱いタイプだ。怒濤の展開に巻き込まれてしまえば、物事への対処能力は極端に落ちる。
「バルフレア、寝室借りるわよ」
リビングに放り出してあった、新作とやらが入っているのだろう大きな紙袋を手に、フランが立ち上がる。もう一方の手に捉えられているアーシェは、すっかり困惑顔だ。
「ご自由に」
これで話が有耶無耶になればいいのだが。
心中でフランに声援を送りつつ、バルフレアはにっこり笑って手を振った。
「……悪い人じゃないというのは分かったわ」
煌びやかな真新しい服、髪を飾り立てる花やリボン、それらを引き立てつつも自己主張を忘れないアクセサリの数々。
──を身に纏ったアーシェが、半ば呆然とした体で呟いた。
フランは子供の頃から人形遊びが好きだった。それが高じてあの職に就いたのだ。
アーシェを思う存分着飾らせて満足したのだろう、フランは、それじゃ忙しいから、と短い一言を残し、ひどくすっきりした顔で帰っていった。
「へぇ。こういうのも似合うな」
いつもと雰囲気が違う。
褒めたのに、何故か、リビングの床にへたり込んだアーシェは微妙な表情を浮かべた。
「あなた、やっぱりこういうのが好みなの」
棘のある口調。それに、苦笑する。
今アーシェが身に着けている服は、品のいいいつもの服装よりも色調のコントラストが強い。それに合わせて塗られた口紅は、先程自分の口許に付いていたのと同じ色だ。
「こういうのも、と言っただろ」
やはり、有耶無耶にはならなかったか。
思いながら、アーシェの前に腰を下ろす。
「……まだ怒ってんのか?」
顔を覗き込むと、赤い唇がきゅ、と引き結ばれた。黙ったまま答えを待っていると、同じ唇から、長い溜息が零れる。
「……どちらかと言えば、呆れてるわ」
そしてもう一度、溜息。
「あなたがこういうことに節度のない人だというのは、分かっているつもりだったのに」
「ちょっと待て」
あまりな言い草に、アーシェの言葉を遮る。
「何だそりゃ。俺がいつそんな真似をした?」
「初めて声を掛けられた時かしら」
即答されて、言葉に詰まる。
「……あれはだな、」
何か言おうと口を開いたが、アーシェはそれを止めるように首を振った。
「分かっているつもりだったから、仮にこういうことがあっても、冷静に対処できると思っていたのよ。なのに」
自分に呆れてるわ。
言って、三度、息を吐く。その様を見つめて、バルフレアは一度、目を瞬かせた。
つまりなんだ。
それは。
「……なあ」
「何よ」
いつもの倍ぐらいにマスカラを塗り重ねられた長い睫が、瞳に物憂げな影を落としている。その瞳を見つめ、後ろ頭を掻いて、バルフレアはふぅ、と息を吐いた。
「……悪かった」
「随分殊勝なのね」
「茶化すな」
可笑しげに笑ったその頬に、バルフレアはそっと手のひらを当てた。そのまま唇を捉えに行こうとして、しかし、手のひらでそっと阻まれる。
「この口紅では、嫌」
拗ねたように口にした、その言葉の意味は理解できた。が、
「だから、落としてやるって」
言って、邪魔する手のひらを掴み、アーシェを引き寄せる。アーシェが顔を逸らし、駄々をこねるように頭を振った。
「……嫌か?」
逃げようとする体を抱き締めて、逸らされた頬に囁く。小さく、頷きが返される。
「……嫌」
「どうしても?」
「どうしても」
「アーシェ」
苦笑しつつ、唇を頬から首筋へと滑らせる。アーシェが、微かに震えた。
「バルフレア」
非難めいた呼び掛けと、裏腹に、華奢な手のひらが髪を包み込む感触。細い指が、頬から唇に触れてくる。
「……じゃあ、ひとつ、お願いを聞いてくれたら」
諦めた風を装って、珍しくも甘えた視線を寄せてくる。
あぁ。
早く、食らい付きたい。
「何だ?」
何だって聞いてやるから。
耳許に、問い掛けた瞬間。
「忘れてたわ」
「──っ!」
唐突に、リビングの扉が開いた。ぎくりとした勢いで、掴んでいたアーシェの腕を力任せに握り締めてしまい、薄鈍の瞳に睨まれる。
「……悪い」
呟いて、手を放す。帰ったはずのフランが、すたすたとリビングを横切ってきた。
「……フラン」
いつもいつも、いいところで邪魔しやがって。
恨みがましく睨むバルフレアに構う素振りは全く見せず、フランは、バッグの中から取り出した封筒をアーシェに向かって差し出した。
「渡す物があったの。新作発表会の招待状。よかったら見に来て」
「──あ、ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ」
振り向き様、ふ、と唇が笑う。
「ごゆっくり」
ばたん、と扉が閉まる。
「……バルフレア」
「ん?」
その扉を。
それから、バルフレアを。
見つめて、アーシェは、溜息混じりに呟いた。
「部屋の鍵を、交換して頂戴。今すぐに」
「望むところだ」
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