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バルフィロ、一個前の記事の続きっぽいやつ。


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 結婚式の日、大きなコサージュに飾られ華奢な肩先で揺れていたセミロングヘアは、入学式の日、顎のラインで軽快に切り揃えられたボブカットになっていた。

「お前。頭、どうした」
 友達だろう女子生徒と三人、輪になって談笑していたところに割り込んだ。斜め後ろから声を掛ける格好。真新しい高等部の制服に身を包んだ女子生徒の一人──フィロが、それまでの笑顔が嘘のような能面になって振り向く。
「……頭はどうもしてません」
「いつの時代の小学生だ。馬鹿げた屁理屈捏ねてないで察しろ」
 口を割るつもりはないらしい。
 こちらとしても別に、どうしても知りたいわけではない。話を切り上げてそのまま通り過ぎようとした時、女子生徒の一人がフィロにこそっと話しかけた。
「フィロ、バルフレア先生と知り合い?」
 自分は高等部の養護教諭だが、中等部でも顔や名前が知られている。主に、女子生徒の鑑賞対象として。
 この女子生徒も、自分を鑑賞していた一人なのだろう。ちらちらとこちらを窺う瞳が輝いている。対照的に冷めた口調で、フィロは淡々と答えた。
「知り合いっていうか。義兄」
「ぎけい?」
 馴染みのない単語を変換できなかったらしい。首を傾げた友人に、フィロはほんの少し嫌そうな顔をした。友人に対しての嫌悪感ではない。その単語を口にするのが嫌だったのに違いない。
「……お義兄さん」
 棘の二、三本も生えていそうな声。思わず吹き出しそうになった。姻戚関係になって一ヶ月、そう呼ばれたことは一度もない。
「おにいさん? フィロ、お兄さんいたっけ?」
 こちらで意地の悪い笑みを浮かべているのには気付かず、友人諸姉は邪気のない好奇心に満ちた顔でフィロに質問を重ねる。フィロだけは勿論気付いているのだろうが、終始黙殺されている。
「いないよ。だから、義兄。お姉ちゃんの旦那様」
「え? フィロのお姉ちゃんて、パンネロ先輩以外にいた?」
「いないよ」
「でもパンネロ先輩て、こないだ高等部を卒業したばっかりだよね?」
「うん。今、大学生」
「……え、じゃあ何? 学生結婚?」
「てゆーかパンネロ先輩、バルフレア先生と付き合ってたの!?」
 きゃあああ、と黄色い歓声を上げて、友人二人が顔を見合わせ頷き合う。
「じゃあ、ここは、兄妹二人、積もる話もあるでしょうし」
「私たちはちょっと遠慮するね」
「え? いいよ、別に」
「いいからいいから! 後でね、フィロ」
 テンションの上がったゆるい笑みを浮かべ、手に手を取り合いながら、女子生徒たちは駆けていく。その場に、フィロと二人、取り残されてしまった。
「……随分と『気の利く』お友達だな?」
 ああいった反応には覚えがなくもない。
 さぞかし嫌がるだろうと、からかうつもりで傍らのボブカットに声を落とす。と、意外にも、冷静な声が返ってきた。
「義兄を彼氏と勘違いでもしてるんじゃないですか」

 ちり、と。
 微かな痛みのような、何かを感じた。
 左手で首筋を擦る。何ともなっていない。気のせいか、思ったその時、フィロが自分を指差しながら頭を揺らした。
「先生。これ、どうですか?」
「頭は別にどうもなってないぞ」
 先刻言われた台詞をそっくり返してやる。フィロの瞳が不愉快げに細められた。
「……いつの時代の小学生ですか」
「つまらないだろ」
 む、と口を噤んだ顔を眺めて、くつくつ笑う。
「いいんじゃないか? 似合ってる」
 嘘ではなかった。
 中学時代、肩までの髪に包まれて演出されていた少女らしさは影を潜めて、随分とシャープな印象になっている。元々甘くも柔らかくもない気性だ。今の方が合っている。
 期待──フィロが自分にそんなことをするのなら、だが──していたのだろう褒め言葉を口にしてやったのに、しかしフィロは、不満そうに唇を尖らせた。
「そんな、誰にでも言うような台詞、つまんない」
 拗ねた口調。
 ちり。と。
 何かが掠める。
「だせぇ、とか。今時そんなの流行らんぞ、とか。言って下さいよ」
「……何だ、それは」
 ねだる声音に、違和感を覚える。フィロが自分にこんな物言いをしたことはない。
 眉を顰めたその時、ざあ、と風が吹いた。
 突然の強い風に、周囲で悲鳴めいた声が上がる。自分も、手にしていたファイルで咄嗟に目元をかばう。
 桜の花びらが吹雪のように舞っていた。その中で、フィロは、風に踊る髪を構う様子もなく真っ直ぐこちらを見ていた。
 見てはいけない。触れてはいけない。一触即発。
 触れたら、弾ける。

「だって」

 風が収まる。ファイルを下ろしたその矢先、今気付いたかのような素振りで、フィロは乱れた髪を指先で梳いた。
 短くなった髪が、陽光を反射して煌めく。

「失恋したから切ったのに」

 ──スパーク。
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