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ついったでFF12が8周年って聞いて、8年経ったということはあの小さかったフィロが……としみじみしたんですが、その流れでこの作文のこと思い出したのでせっかくなので公開。


■内容■

バルネロ現パラ保健医シリーズ。
の、フィロと保健医。
パンネロちゃん高校卒業まで数ヶ月。

書く時に一応あれこれ調べたんだけど、でもあれから何年も経ってるしもしかしたら内容が最新ではないあるいは間違ってるかもしれない。けど今更調べ直すのも面倒もといまぁここ多分日本じゃないしこの物語はフィクションですってことでさらっと読み流してもらえたら嬉しい。


+ + +


 お嬢さんを下さい、なんて台詞は、昔のドラマの中にしか存在しないんだ。
 リビングの片隅、お気に入りのスツールの上であたしは、目の前で繰り広げられている光景をただ見つめていた。

「結婚しようと思います」

 ドラマでよくある、和室で座布団から降りて土下座、必死の体であの台詞、なお願いなんかじゃなくて。
 リビングでゆったりソファに座って、ソーサー片手に優雅にカップを傾けて、隣に座るネロ姉と照れたように──照れる? そんな殊勝な男じゃない、絶対に!──視線を交わしながら笑顔で口にしたそれは、最早既定事項。ただの報告だ。それを聞く側のお父さんもお母さんも、当たり前のような顔をしてにこにこ笑っている。
 何この予定調和。あまりに和やかな雰囲気に、ぞくぞくと悪寒が奔る。
 お父さん、お母さん。しっかりして頂戴。よかったなぁよかったわねぇ、じゃないでしょ。何笑ってんの? 結婚だよ、結婚。来年の春になったら、高校を卒業したばかりの、十八年も手塩に掛けて育てた可愛い娘が、余所の男に持ってかれちゃうんだよ?
 卓袱台……はないから、ソファの前のそのローテーブルでいいよ。ひっくり返してさ、誰がお前のような馬の骨に、とか、言ってよ、お父さん。
 困った顔で首を傾げてみてさ、でもねぇまだ早いんじゃないかしら、とか、言ってよ、お母さん。
 あたしの声は、誰も聞いてくれない。仕方がないので、スツールの上で膝を抱えて、そこにむすっとした顔を載せた。
 あたしの気持ちは、誰も分かってくれない。



+ + +



「結婚なんてしないで」
 お夕飯までゆっくりしてらっしゃい、とのお母さんの一言で、あたしたちはリビングを追い出され、ネロ姉の部屋へと撤退を余儀なくされた(あたしは自分の部屋に戻ってもよかったんだけど、ネロ姉と先生を二人きりになんてさせてたまるものか)。
 自分のベッドに腰掛けたネロ姉が、扉のところに立ったままのあたしを見て、ぱちりと瞬きした。その顔が、みるみるうちにふにゃあ、と情けない表情になる。
「フィロは、先生のこと、嫌い?」
「大っ嫌い」
 はっきりきっぱり、抑揚を付けて、即答する。
 ていうかそれ前にも訊かれたし。その時も嫌いって言ったし。そんな簡単に、変わらないし。
 あたしの答えに泣きそうな顔をしたネロ姉の横で、先生が、く、と笑った。
「そこまではっきり言われると、清々しいな」
「何。先生、ロリコンなだけじゃなくてMなの?」
 先生の眉が、ぴく、と引き攣った。先生って、割と簡単に挑発に乗るよね。おまけに、素直に顔に出るんだ。
「ガキには興味ない、と言ったことがあったはずだが?」
 笑顔だけど、目が笑ってない。余裕の流し目をくれて、鼻で笑ってやった。
「へぇ。Mは否定しないんだ」
「フィロ」
 ネロ姉がちょっと強めに声を上げた。先生を苛めるなって?
 馬鹿みたい。ぷい、と顔を背けて、ネロ姉の勉強机の椅子を引っ張った。
「大体ネロ姉、まだ高校生なのに。そんなに急ぐことないじゃん」
 普通とは逆に、椅子の背もたれを抱え込む格好で座る。体重をかけると、背もたれが、ぎい、と音を立てて軋んだ。
「大学だって行くんでしょ? なのに結婚なんてさ。失敗したときの保険としか思えない」
「失敗? ……って、受験に?」
 微妙にズレた勘違いをして、ネロ姉は首を傾げる。先生は正しく察したようで、面白そうに軽く片眉を上げた。
「そうじゃない。あのな、」
「先生」
 中学生の妹の前で耳許に唇寄せるとか、無駄に色気出していちゃつくのはやめて欲しい。
 睨むと、先生はにや、と笑って、ネロ姉に「後で教えてやる」と囁いてからようやく適切な距離に戻った。
「あのね。要するに、早すぎるって話! 大学の学費も、お父さんが出すんでしょ? でも生活費は先生持ちとか、意味分かんない。ネロ姉はうちの子なの? そうじゃないの? そんなややこしいことしないで、素直に大学卒業してからでも」
「二年、待ったよ?」
 ネロ姉が、あたしの言葉を遮った。
 その声は静かで、責める響きではなかった。でも、話を遮るなんて、ネロ姉がそんなことをしたのは初めてで、そっちの方に驚いて、あたしは続きを呑み込んだ。
「今まで、二人でお出かけって、出来なかったの。学校から一緒に帰るとか、手を繋いで歩くとか。みんなが普通にやってること、全部、出来なかったの」
「……そんなの、これからやればいいじゃん。先生と生徒じゃなくなるんだもん。誰も文句言わないよ」
「やるよ。今まで一緒にいられなかった分、色んなことが出来なかった分、これからは一緒にいるし、出来ることは全部やる」
 ネロ姉が、ふ、と息を吐く。そして、ベッドの端っこできちんと座り直して、あたしを見た。
「だから、結婚もするの」
 真っ直ぐな宣言。
 元々言い出したら聞かないネロ姉だけど、それでも今まで見たことのないくらい、揺るぎない自己主張。
 あまりに真っ直ぐなそれに気圧されて、居心地が悪くて、あたしは逃げ出したくなった。でも、それをする前に、ネロ姉の方がふにゃふにゃと眉を下げてあたしを見た。
「……それでも、やっぱり、あと四年、待たなきゃダメかな?」
 ずるい。
 ネロ姉の椅子を回す。きい、と軋んだのは、まるであたしの不満の声。
 ネロ姉がどれだけ先生のことを好きかなんて、イヤってくらい知ってる。先生と付き合い始めて二年間とちょっと、ネロ姉がどれだけ気を遣ってきたか、どれだけ我慢してきたか。あたしが一番よく知ってる。
 だから、ずるい。
 そんな言い方されたら、何も言えない。



+ + +



「──飲み物、なくなったね。お代わりもらってくる」
 重苦しい沈黙を破ったのはネロ姉だった。この三人が集まった時、その役目を引き受けるのはいつもネロ姉だ。
「あたしが行く」
 あたしが空気を悪くしたこの場にいたくなくて、目は逸らしたまま、椅子をベッドの方に向けた。もう立ち上がっていたネロ姉が、ぽん、とあたしの頭を撫でる。
「いいよ、お姉ちゃんが飲みたいから」
 何も気にしてないみたいな声。見上げると、ネロ姉はやっぱりいつもの顔で、にこ、と笑った。
 ああもう。
 ネロ姉、優しすぎる。
「……お姉ちゃん、ねぇ」
 空のカップを回収して、ネロ姉が部屋を出て行った。階段を下りていく足音を聞きながら、先生がふと、呟く。
「あいつ、お前の前だと姉さんぶるな」
「お姉ちゃんだもん。当たり前じゃないですか」
「へぇ。なら、お前の我が儘も、『妹だから当たり前』?」
「……は?」
 思わず椅子から立ち上がる。驚きも怯みもせずあたしを見上げて、先生はただ、笑った。
「あんまり姉さんを困らせるな」
 自分の方が、ネロ姉に近い。
 そうとでも言いたげな口調に、かっとなった。
「……先生が、馬鹿なことしなきゃいいんじゃない」
「馬鹿なこと?」
「結婚なんて」
 口にしてしまえば、益々その思いは強まる。
 馬鹿げてる。有り得ない。
 結婚なんて。
 まだ高校生で。まだ十八歳で。あたしとなんか、十五年しか一緒に過ごしてない。
 いきなり横から現れて、たった二年とちょっと、まともに付き合ってるとも言えない付き合い方をしただけの先生が当たり前みたいな顔してネロ姉を攫っていくなんて、どう考えたっておかしい。
 吐き捨てたあたしをゆったりとした動作で見上げ、先生はお芝居みたいに肩を竦めた。
「やれやれ。授業はあまり得意じゃないんだが」
 ベッドに腰掛けたまま天井を見上げて、溜息混じりに諳んじる。
「『婚姻は、両性の合意のみに基いて成立する』」
「え?」
 突然投げ掛けられた耳慣れないフレーズに、眉を顰める。
「……何、それ」
「憲法第24条。これについては、何の問題もないな。俺たちは互いに、明確にその意志を持っていて、完全に合意している」
「……だから何」
「民法第731条。『男は十八歳に、女は十六歳にならなければ、婚姻をすることができない』。第737条、『未成年の子が婚姻をするには、父母の同意を得なければならない』。これも、問題ないよな。俺は成年に達しているし、あいつは十八。そしてあいつの両親は、この結婚に同意している」
「だから、それが何なの」
「お前が納得してないようだから、ひとつずつ噛み砕いて説明してやってるんだ。──後は、保険、だったか? お前が言うところの失敗の可能性は、結婚しようがしまいが付き纏う。だったら、掛けておいて悪い保険じゃない。生活費は、結婚するんだ、俺が出して当然だよな。学費だって、俺が負担しても構わなかったんだが、娘にしてやれる最後のことだからそれくらいはさせて欲しい、とまで言われては、断りにくい」
 一度、言葉が途切れる。
 煙草を吸っていたら、ゆったりと吸い込んで煙を吐いただろうタイミングで、先生はとどめの言葉を吐き出した。
「俺たちは、正当な権利に基づいて真っ当に話を進めてる。それでも何か、言うことが?」
「……何、それ」
 言葉が出なかった。先生が言ってるのはあたしでも知ってるくらい当たり前のことで、あたしでも分かるくらい情緒的な話で、だから、言い返す隙がなかった。
「あたし……あたしだって、ネロ姉の家族だよ? なのに何で、あたしを除け者にして勝手に決めるの?」
「何でお前の許可がいる。結婚に必要なのは、当事者間の合意と父母の同意。お前はあいつの家族ではあるが、親じゃない」
 あたしに理解させるためのはずの言葉は、けれどひどく一方的で、暴力的で、あたしの頭は押し付けられたそれを呑み込むのに精一杯だった。
 何も言えなくて、黙り込んだまま、呆然と立ち尽くす。あたしを上目遣いに見上げて、先生は、勝ち誇ったように笑った。
「ガキが、つまらない駄々で口を挟むな」



+ + +



 頭の中はかぁっと熱いのに、手足の先は妙に冷たかった。
 あたしの声は、誰も聞いてくれない。
 あたしの気持ちなんか、誰も分かってくれない。
 あたしがどれだけ叫んでも、どれだけ嫌がっても、何も変わらない。何も覆らない。
 春になって高校を卒業したら、ネロ姉はあたしを置いて出て行くんだ。そして、先生のお嫁さんになっちゃうんだ。
 それは勿論ショックだったけど、あたしは別のことで打ちのめされていた。
 好かれてるとは思ってなかった。可愛がられてるとも思ってなかった。でも、ネロ姉の妹、ただそれだけの理由で、あたしはみんなとは違う、特別なんだって、そう思ってた。
 好かれてなくても、可愛がられてなくても、最後の最後、ぎりぎりのところで、先生はあたしを甘やかしてくれるんじゃないかって、何でかそう思ってた。
 馬鹿みたいだ。
 特別どころか、あたしは、先生の視野にも入ってなかった。



+ + +



「……やだ」
 言葉が零れた。先生が、眉を捻るように上げる。
「取らないで。結婚なんか、やめて」
 取らないで。連れて行かないで。
 だって、あたしのネロ姉なのに。
「やめてよ。嫌なの」
 あたしのネロ姉。
 大好きなネロ姉。
 優しくて、甘やかしてくれて、一番あたしのことを分かってくれる。
 いなくなっちゃったら、どうしたらいいの。
「お願いだから、やめて」
 声が震える。
 喉が引き攣る。
 胸が、痛い。
 苦しい。
「何でよ。何で、よりによって──」
 何でこんなに苦しいの。
 どうしたら楽になるの?


「おい?」
 突然、先生が手を伸ばしてきた。肩を掴まれる。ひくっと喉が鳴って、でも吸い込んだはずの息は入ってこなかった。
 苦しい。
 息ができない。
「──」
 苦しい。
 息を吸っても吸っても、全然楽になる気がしない。
 声が出なくて、口を押さえる。床が、壁が、ぐらぐら揺れる。
 立っていられない。
「おい。大丈夫か」
「触ん、ないで」
 よろめいた体は、先生に支えられた。
 放して。
 そんなことを言う余裕は、勿論ない。あたしの足はもうほとんど役に立っていないのにどうして倒れてしまわないのかと言えば、先生があたしを易々と支えているからだ。そして腹立たしいことに、あたしはその先生に縋るしかない。
「やだ」
 苦しい。
 息ができない。
 胸が、引き攣れたみたいに痛い。
「いやだってば」
 放して。
 ネロ姉に触れたその手で触らないで。
 ネロ姉を見るその目であたしを見ないで。
 ネロ姉を呼ぶその声であたしを呼ばないで。

「あたし……あたしだって。あたしの方が、」

 吐き出そうとした言葉は、口に押し付けられたハンカチで塞がれた。
 咄嗟に顔を背けようとしたけど、大きな手のひらに強引に押さえ込まれる。
「落ち着け。過換気だ」
 かかんき。
 聞き慣れない言葉。ハンカチが、改めて口を覆うように押し付けられた。
「押さえてろ」
「何、で」
 こんなに苦しいのに、何で?
 何とか呟いたのに、喋らせまいとするかのようにハンカチが執拗にあたしの口を包む。
「過呼吸、なら分かるか? 保健の授業でやっただろ」
「かこきゅ……」
 呼吸のしすぎで血中二酸化炭素濃度が下がったのを体が酸欠と勘違いしてどうこうっていう、あれ?
 だったら対処法は知ってる。正しい処置としてハンカチを押し付ける手と、先生の体を押し退けた。
「触んないでって、言ってる」
 さっきまで先生が座っていたネロ姉のベッドに、崩れるように腰を落とす。口と鼻を包んだ手のひらの中に、息を吐き出す。
 気持ち悪い。
 眩暈に任せてベッドに倒れ込む。頭では新鮮な空気が欲しいと思っているのに、あたしの体に必要なのは澱んだ空気。
 吐き出したいのに。どうして駄目なの。
 全部吐き出してしまえば、きっとすっきりできるのに。

「……あたしの方が、」

 好きなのに。
 手のひらの中に呟いた言葉は、届かない。
 それでいいんだ。分かってるのに、苦しくなる。
 違うって、自分に言い聞かせてた。
 叶わないって知ってた。叶えようとしちゃいけないって、分かってた。
 目を逸らして、耳を塞いで、気付かない振りをしてなかったことにして、憎まれ口で嘲る笑顔で差し出される手は振り払って与えられる全てを拒んで、誤魔化さなくちゃいけない絶対に認めてはいけない。
 だって、あたしがどれだけ先生を好きでも、誰も幸せにならない。



+ + +



 ネロ姉のとは違う大きな手が、あたしの髪をくしゃ、と撫でた。
「悪い。大人げなかったな」
 先生が大人げなくなかったことなんてあった?
 弱ってるところに付け込んで触るなんて、卑怯でしょ。
 言いたいことはいくつもあったけど、実際に口から出たのは違う言葉だった。
「……ネロ姉と、結婚しないで」
 あたしは顔を伏せていたし、そもそも目を開けていられなくて、だから先生がどんな顔をしたかは分からなかった。
 でも、あたしの髪を撫でるその手が、止まった。
「悪いが、それは聞けない」
 そして、とどめ。
「姉さんはもらっていく」


 違う。
 言いたかったけれど、言えなくて、ただ頭を振った。
 気持ち悪い。息が苦しい。胸が痛い。
 違う。そうじゃない。そんな言葉が聞きたいんじゃない。
 どうして分かんないの。どうして気付かないの?
 あたしの気持ちは、いつも、誰も、分かってくれない。
 みんなに分かって欲しいわけじゃない。
 たったひとりだけでいいから、


「──」








 気付いて。
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